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下間家とH村
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となりのH村



下間家は、代々坊官として本願寺を支えてきた家系です。


長男から、面白い記述を見つけたと連絡がありました。

親鸞聖人に帰依し、初代下間を名乗った下間宗重の出自がH村という文献があるというのです。H村は、当寺創建の村でもあります。

相応の書物の記載ですが、模索中のことでもあり、このlogがひとり歩きしないためにも、一部伏せ字で以下記述します。



某出版社人名事典、某村村市より


****が、美濃国H村に住んでH氏を称したという。
その子孫宗重は、親鸞の弟子となり、下間氏を称した。


以下、手前味噌の超略年表


親鸞聖人の時代  H村H氏宗重、親鸞聖人に帰依
         宗重、下間を名乗る
                               以降下間家は本願寺を支える

蓮如上人の時代  H村に「西蔵房」創建
                                 (少なくともこの時代以前)

顕如上人の時代  H村より石山戦争に出兵
         「西蔵房」H村から現岩利村に移転

准如上人の時代  「西蔵房」、「正蓮寺」公称


何があったんでしょうね。下間家との関係が深いZ寺さんに何か資料・口碑があるかも知れません。


ボクは歴史というものについて、非常に懐疑的です。史実はひとつなのでしょうが、見方は様々であり、もっと言うなら、後のものに都合のいいように解釈され、または確信犯的に書き換えられているモノだと思っているからです。

どうしても、歴史に現れない史実、消された事実があるという偏屈な見方をしています。

そういうボクの思いからすると、「何があったんでしょうね。」というのは、残せなかった事実があるんだろうな、という可能性も含んでのこと。模索は楽しいですが、なんとなく、有象無象の上に成り立つ今を思うと、複雑な心境ではあります。


歴史に消えていった、あるいは塗り替えられた、何かがあったんでしょうね。






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by e.wash-r | 2018-10-22 18:44 | ふるさと | Comments(0)
柿の葉
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T家おじょうはん。

おまいりを終え、縁をでると、庭の柿の木の下にきれいな柿の葉。気に入ったのを一枚拾うと、Tさんが「病気なんだけどね。」と。

本来の柿の紅葉は、柿紅葉といわれるほどの赤。落葉病という病気になると、複雑なまだら模様となり、早く色づき落葉するのだそうです。


人間が考えてできる美しさじゃないなあ、俗にいう自然の作り出す造形美だなあ、と思って眺めたのですが、ボクが拾ったのは、その落葉病の葉っぱらしいのです。


病んだものを美しいと思う感性を、ボク(たち)は持ち合わせているみたいです。

そもそも、病んだものって何?(WHOとかのじゃなくて)


要するに、よくわからないけど、みんな個性という病いなんですよね。



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by e.wash-r | 2018-10-18 23:28 | 愚考 | Comments(0)
金華山あれこれ
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金華山トレッキングのお手伝い
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岐阜大留学生も参加 別枠約40人
赤い服はノルディックウオーキングのMさん
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スタッフ最年少のボクは最後尾から
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岐阜城   まだまだ半分、青い
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金華山南面の新ビューポイント
ロープウェイ山頂駅上の新築トイレ
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倒木、折れた枝多し  台風21号のツメ跡
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ピンクのリボンは、伐採予定の木
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きいろいこけ  七曲り登山道登り始め付近
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しろいきのこ ドライブウエイとの接点付近
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スタッフのお手当ての弁当
解散後、岐阜公園のベンチでひとり
外で食べる飯は格別!ということもなく普通


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ありがたいゼッケンをいただき、参加者を最後尾からチェックする役。

最後尾のはずのボクが出発した後に、遅れて当日受付された方(ゼッケン109〜113)があり、しかも、別コースを歩かれ、情報が混乱。待ったり、探したり、走ったり。

あくまで、結果的にですが、頂上付近で確認できて一安心。

教訓

情報が混乱しましたが、どの情報も間違ってはいませんでした。多すぎる情報を、予見なく整理することの難しさを実感しました。

少々焦って右往左往しましたが、気持ちのいい山歩きでした。









by e.wash-r | 2018-10-13 23:09 | ふるさと | Comments(0)
お取り越しはじまりました
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お取り越しはじまりました。

当寺の場合、お取り越しは、稲刈り・柿の収穫が終わってから。寒くなりはじめる、おおよそ11月の中旬くらいからがはじまりでした。お取り越し=寒い、というイメージです。

最近は、農作業中心の生活感、季節感が変わってきていることもあり、10月から、だんだんつとめています。

特に、親族を招いて食事を一緒にされるような場合、お取り越しが集中する時節だと、ボクの方の日程調整が難しいこともあり、早い時期におつとめされることが多くなってきたように思います。

この一週間は、どこも家族(親族)揃ってお取り越しのおつとめ、というところでした。


おつとめやお荘厳のしかたは、あくまで人がそう思って為すひとつのカタチなので、良し悪しを言うものではありませんが、「そういうものだと思って昔のままにつとめる」ということ、ほんとうになんとなくですが、いいものだと思うわけです。


仏間の縁に置かれた手洗いと手拭き、お斎の赤飯。しみじみ、今年もお取り越しの季節が来たことを感じています。


「親鸞聖人は小豆がお好きだった。」というウワサは、当地にも伝わっているようで、少なくなりましたが、お取り越しには、小豆を用いいた料理がよく出ます。


記録として、過去のものも含めて小豆料理を書き出してみると。

赤飯、小豆ご飯
いとこ煮(里芋・かぼちゃと小豆の煮たもの、けんちん汁に小豆が入ったもの)
ぜんざい
おはぎ


参考までに、お取り越しだからと作られる(た)もの

甘酒
落とし汁(山芋の吸い物)
混ぜご飯(五目飯、ちらし寿司)

なお、当寺ご門徒さんのところには、旅姿の親鸞聖人を模した「アゲ、こんにゃく等の煮物の盛り合わせ」をする習慣はありません。



◆市役所、消防署に台風の罹災証明の申請手続きに行きました。親切丁寧に対応してくださいました。
◆blogの写真、日常の記録写真を撮っていたメインのデジカメを変えました。nikon(P)から、はじめてのolimpus(TG)へ。










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by e.wash-r | 2018-10-08 23:46 | おまいりにて | Comments(0)
加賀友禅と大樋焼を見た(だけ)
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山の帰り道、金沢の「おっちゃん」こと、古民芸商のNさんを訪ねました。もう日が暮れていて、閉店間際のほんの30分ほど。

おっちゃんと京都で知り合ってから、もう20年ほどになります。漆器のことはたくさん教えていただきましたが、今回、20年経ってはじめて、金沢の伝統工芸である加賀友禅と大樋焼の話を聞きました。


「加賀友禅」も「大樋焼」も、よく似た成立の過程だと思いました。

加賀藩、前田家の庇護と家元制のような徒弟制度。
京都の工芸技術(京友禅、楽焼き)の受け入れと独自発展。


今は(明治以降ずっとそうなのですが)、前田家のような、超強力な旦那衆・パトロンがいない時代です。、伝統工芸が、伝統を引き継ぐことが、ほんとうに厳しい時代が続いているのだと、つくづく思います。

お金のある方々が、別の意味で生き残りをかけて、時流に合った投資をしてゆかれるのは、たぶん当然のことなのでしょう。

ならば、せめて、庶民の中の小金持ちの方々が、クルマや海外旅行やグルメ、儲け話に投資する分のいくらかを、伝統工芸に向けられたらいいのに、と勝手に思ったりしています。

伝統工芸のよさが伝わらない時代故かも知れません。ほんとうは単に経済の問題ではなく、文化の問題でもあるのですから。


ボクがパトロンになる!という気概がないことには、このlogには何の意味も迫力もないのですが。嗚呼。



◆連休。なぜか中日に法要・仏事が集中。疲労困憊。
◆連休。帰省の若者、休みのこどものおまいりが多くてうれしい。
◆お墓のおつとめ。若い当主に「やっぱり座禅をしていると蚊に刺されても痒くないんですね。あの蚊の大群のなかで、お経を読み続けられたので感心しました。」と言われました。「痒かったし、掻きながらおつとめしていました。」と答えました。そのあと、仏間で、ゆっくり他力の話ができました。ぼちぼち。
◆お取越し、はじまりました。


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by e.wash-r | 2018-10-07 23:01 | 愚考 | Comments(0)
台風一過に寄せて
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昨晩は、相当の覚悟をしていましたが、幸い、当地においては、台風24号の被害は特になかったように思います。

被害にあわれた方々には、お見舞い申し上げます。


あくまで、”当地”における「台風」考。(主語・主体は”当地”になります。)

この一月の間に、ふたつの台風が当地近くを通り過ぎていきました。21号と24号。


21号は、琵琶湖西岸を通り、日本海に抜けました。
当地の北を通過したことになります。

24号は、木曽三川河口を通り、関東を縦断しました。
当地の南を通過したことになります。


ほぼ同じ規模・性格のふたつの台風が、それぞれ当地の、北と南を通過したということです。


ふたつの台風を経験して、『台風の進行方向に対して右側の方が風が強い。』という論理は、当地については、見事に当てはまっていました。

当地では、『台風が北を通ると風が強い。』といいます。
また、『南東の風が怖い。』ともいいます。

このふたつは、台風の経路と風の関係のうえでほぼ同義語です。北を通過した21号の被害が大きかったことは、当地の俚諺のそのままです。

あらためて、気象・天候についての伝統的な言い伝えと自然科学の論理性・自然に翻弄された歴史の帰納の一致に感動します。


ただ、わかっていてもどうすることも出来ない領域・規模のことがあるのも事実。悩ましいところです。


宮沢賢治が、

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ・・・

と、詠んだうえで、

サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

と、自身も含めた自然を諦観しきれないことばで結び、さらに法語を続けたことに、どういう思いがあったのだろう、と想像しています。


宮沢賢治には失礼ですが、ボクは、

雨にも負け
風にも負け
雪にも夏の暑さにも負ける

でも娑婆のことは娑婆の論理で始末をつけよう、と思うわけです。
それが正しいかどうか分からないし、たいていうまくはいかないのですが・・・。

南無阿弥陀仏




◆眠い。とにかく眠い。
◆台風一過の晴天。雨戸の片付けは乾くのを待って明日。落ちた銀杏を拾い、落ち葉を掃くのも濡れているので明日。得意の先延ばし。本堂だけは、終日全開にして風を通しました。
◆母と坊守と、父の法事の相談。前回の法事の写真・記録等を見返して。手間をかけるには、母も坊守もボクも年をとった、ということで、どうするか思案中。

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by e.wash-r | 2018-10-01 23:00 | 愚考 | Comments(0)
こどももおとなも
9/29分
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【午前】

核家族化し、ご縁の少ないこども・若者をお仏事に、という当主の願い。

その思いに応えて、関東から参集された三家族。

三世代揃ってのご法事でした。

年少のMちゃん、2時間集中はできませんが、時を選んでちゃんとお念仏。

なんやかんやで、はじめて親族・家族が揃ったお仏間。

お斎の時間は、手前味噌談義。「赤味噌」健闘。


法事は、いいね!


【午後】

祥月の上げ仏事。(お寺でつとめる法事)

どしゃ降りのなか、おばあちゃんと息子夫婦と孫3人がおまいり。

お泊り会にきていたCちゃん・Tちゃん、大きくなってました。

保育園のHくんは、終始ゴロゴロ。

上げ仏事は、お休みの日の家族揃ってのお出かけ。


お寺の法事も、いいね。



◆坊守もお斎の席にご案内いただきました。お寺(との不思議なお付き合い)を大切にしてくださるお心に、感謝。
◆だんだん遅れて、8時過ぎに遅刻してお伺いしたX家。「台風来るで、今日はご院さんみえんぞ。」ということで、家族揃っておつとめ中。おつとめの邪魔をする坊さんになってしまいました。
◆夜、一部台風対策。家にこもることになった場合の事務仕事を準備。印刷できなくなる前に。


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by e.wash-r | 2018-09-29 23:55 | おまいりにて | Comments(0)
白い道、黒い道
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夕方、お寺に帰ってくると、門前の駐車場に黒い筋。

昼間、近所のこどもたち4人が尋ねてきたそうです。村にこどもは数人しかいないので、ほぼ総出?

こどもたち:「お寺でバトミントンをしてもいいですか?」
坊守:「いいよ。」
こどもたち:「門の中と外とどっちがいいですか?」
坊守:「どっちでもいいよ。」

こんな経緯があって、こどもたちは、門の外の駐車場の砂利に線を引いて、バトミントンをはじめたらしいです。

坊守に、お駄賃(お菓子)をあげたか聞きました。『◯』でした。


近所のこどもたちには、”お寺へ来たら本堂(向拝OK)でお念仏、そのあとお駄賃(お菓子)”ということにしてあります。おやつ目当てのお寺というもいいなあと思うわけです。

ボクが小学生の頃、村のTさんの家には、まだ保育園に行っていない小さなKくんとMちゃんがいました。遊びに行くと、いつもたくさんおやつを出してくださるので、それが楽しみで、子守?に通いました。

おおよそのことは、そもそもこんな感じの俗なるものだと思うのです。

10年以上前、法友と山口県青海島の「世界最初の日曜学校発祥地」・浄土宗西円寺を訪ねたときに感じたことも同じです。

昔は【学校から帰ってきたこどもたちは、三々五々お寺に集まり、本堂で線香に火をつけお念仏をし、線香が消えたら、お供えしてあるおにぎりやお菓子をいただく】という習慣があったそうです。惹かれました。



ちなみに、西円寺の日曜学校が世界最初と言われるのは、記録では「キリスト教の教会学校」の最初が1780年、「西円寺の小児念仏会」がはじまったのが1779年、ということかららしいです。

想像ですが、俗なるお駄賃目当ての日曜学校は、きっとお釈迦さまの時代からあったと思います。





・・・と、昨日のことを書き終えたところに、見事なタイミングで、こどもたちがやって来ました。今日はふたり。

チョコバットを持って門前に出て、バトミントンする写真を撮らせてもらいました。醤油マーチが邪魔しているので、こどもたち、昨日の線はそのままに、場所を西へ移動して遊んでいました。

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◆障子の張替え完了。室内から見る分には問題なし。
◆偶然ご縁のあった吹田X家の依頼で、岐阜X一統との関連を辿る。繋がりそう。
◆校区敬老会参加約140人・バス5台で十八楼へ。参考までに、76歳以上約400人、小学校在校生約80人。
◆坊守、お接待係で敬老会参加。前坊守、昨日の法事で疲れて敬老会欠席。









by e.wash-r | 2018-09-17 17:04 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
8の字ターン
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トライアルバイクに乗りはじめたとき、最初の最初の練習が、平坦な場所での8の字ターンでした。今から思うと、横着なことですが、境内の銀杏の木の下でしてました。(当時の境内は、今とは少し違う趣でしたが。)

テレマークスキーでも、8の字のスケーティングの練習をしました。左右均等な切り返しの基礎練習です。なんかウズウズしてきます。



在所をまわり、地区総代会の案内を配りました。

住職になって20年、ほぼ完成した在所巡りの道順。お寺を中心に8の字です。

南西の円は、約40km・1時間半。
北東の円は、約20km・1時間。

台風の被害を、確認しながら。

山はどこも荒れていました。ブルーシートをかぶせた屋根も彼方此方に。

濃尾平野を吹いてきた南風は、山に入り、強弱をつけて谷を吹き抜けたのだと思います。山あいでは、あきらかに特に風が強かったであろうところがあり、いわゆる風の道が見えるようでした。

意図したわけではなく、案内配りという偶然でしたが、結果的に門徒さんの村を一通り巡ることができて、なんとなくですが、ホッとしました。



◆夜、黒野組広報部会。8時からのおじょうはんが休みになったので、遅刻でしたが参加できました。
◆そうそうに、親子で本願寺参拝の申し込み。うれしい。
◆複合機が故障。修理に来てもらうにあたり、カッコ悪いので、寺務室の掃除。いつも泥縄。
◆10時過ぎでしたが、久しぶりにのんびり家で夕食を食べました。



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by e.wash-r | 2018-09-13 23:46 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
公的判断と自己責任
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H会・H部会の会議。6月のイベントの反省と10月のイベントの打ち合わせ。


6月のイベントは、大雨洪水警報のなかで行われました。決行したのですが、当局からは「お叱り」があったそうです。

今後、このような場合、どう対処するか?

難しい話し合いとなりました。公的で、共催・後援があることによる難しさです。


『「お叱り」の当局が、主体になって判断をし、責任を持てばいいのに。』と単純に思いますが、そうすんなりいかないのは、組織というのは、必ずしも「そのことがしたいと思っているからしている」ばかりではないから、かな?

当局は、一歩引いた微妙な立場の方が具合がいい、のかもしれません。

結果、どちらかと言うと兵隊のボクたちが、独自に撤退のガイドラインを設ける、ということになりました。現場の兵隊に、権限はあるのか?という矛盾はかかえたままです。


10月のイベントについても、同じ問題が生じるので、いくつかのケースをシュミレーション。

生じるケースのひとつ?として、「雨天延期の場合、ボクは延期の日のスタッフはできませーん。」とお伝えしました。

10月に2回、日曜を空けるというのは、坊さんには、ちょっと無理があります。

ボクがスタッフであること自体リスクなわけです。

来週はない「危険な男」と呼んでほしいです。








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by e.wash-r | 2018-09-10 22:52 | そらごと、たはごと | Comments(0)