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絶対!
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M家から電話。「おまいり待っていますが・・・」

「申し訳ありません、すぐお伺いします。」と答えたものの、ボクのなかでは、先月、”今月は休み”と聞いていた記憶。

すると、坊守が「今月来てほしいと連絡があったよ。伝えたけど。」と。

普通は、ここで、いわゆる言った言わないの話になるわけですが、坊守いわく『絶対に言った。絶対に聞いていたはず・・・」と言うので会話の余地はありませんでした。


『絶対』は、ただひとつということ、例外はないということ、間違いがないということ、対処のしようがないということ。


『絶対他力』という言い方があります。同じ意味のことばをならべることによる強調なのでしょうが、かえって絶対じゃない他力があるような感じがしてしまうので、ボクとしてはただ他力でいいと思います。(解釈間違っているかなあ。)


他力は絶対。ボクにはどうしようもないということ、と受け止めています・・・。



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by e.wash-r | 2019-02-04 11:02 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
本願寺御正忌報恩講 通夜布教と御満座
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通夜布教 総会所 満堂です

いろんな方にお会いしました
黒野組M寺前ご住職は、朝までお聴聞されるそうです
ボクたちは12時頃まで

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総会所の掲示板
最近よく引用されるご和讃

主語:  如来誓願の薬
目的語: 智愚の毒  
副詞:  よく    
動詞:  滅す    
 
「智愚の毒」側の話ではなく、「如来誓願の薬』の話だとボクは思います

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御満座の御影堂
真ん中にご動座された阿弥陀さま

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御影堂ですが親鸞さまはお脇にいらっしゃいます

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本願寺も同じなんだなあとホッとする片付け風景
スタッフのみなさん、ありがとうございました

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報恩講のお供物の展示
当寺も銀杏のお飾りしてみようかなと思います

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阿弥陀堂
修復のため阿弥陀さまは御影堂にご動座

阿弥陀堂を出るとき一揖
阿弥陀様がいらっしゃらなくても、しないわけにはいきません

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今年もなんとかおまいりできました

何にかホッとした雰囲気の本願寺



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by e.wash-r | 2019-01-17 00:08 | おまいりにて | Comments(0)
2019専宗寺報恩講
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専宗寺報恩講朝座におまいり。

専宗寺ご住職には、当寺報恩講のお取次ぎを頂きました。落ち着いておまいりさせていただけるといいのですが、1/11~1/16の間に5カ寺の法類寺院(お付き合いのある親しいいお寺さん)の報恩講があり、本願寺も御正忌報恩講ということで、調整のうえ一座のみ。

勤行の前、同じくおまいりに来てみえた普段なかなかお会いすることのできないF寺ご住職と歓談。せいぜい10数キロしか離れていないのですが、F寺さんとの地域性の違いみたいなものを感じました。ローカルがローカルとして独自に生き生きしていられるというのは、真宗寺院のいいところだと思います。

おつとめは、正信偈五十六億和讃。順讃といって、ご院さんが順番に和讃を読むというおつとめでした。

専宗寺ご住職もF寺ご住職も、むちゃくちゃいい声なので、読み慣れているおつとめですが、むちゃくちゃ緊張しました。緊張するのは、いいかっこしたいと思っているからなんでしょうね。讃嘆のはずなんですが。

ご法話は、4座のうち1座のみ、ご住職自勤でした。お聴聞する時間がなかったので写真のみ。

当寺ご門徒のKさんの後ろ姿を発見。当地で続く報恩講週間中、お座を巡られることと思います。ありがたいことです。


年末から、報恩講に向け奮闘していらっしゃるご住職をずっと拝見していました。大変でも、報恩講を迎えるのを楽しみにしているご院さんの姿はいいですね。復活したお華束のお荘厳もきれいでした。

と、自坊の報恩講を終えた身としては、気軽に言ってみたいと思います。





by e.wash-r | 2019-01-11 23:56 | おまいりにて | Comments(0)
あけましておめでとうございます。
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あけましておめでとうございます。


本堂は、みなさんのお手間入りで、当寺ならではの「正月」と「報恩講」がいっしょに来た賑々しいお荘厳です。

おみがきのみなさん、
お華立てのみなさん、
餅つきのみなさん、
お華束盛りのみなさん、
幕張りのみなさん、
ありがとうございました。


本年もよろしくおねがいいたします。


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by e.wash-r | 2019-01-01 23:53 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(2)
除夜会・初鐘・元旦会
12月31日分 除夜会



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除夜
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正信偈
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除夜の鐘から
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初鐘へ
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焚き火
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ぜんざい 120食
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初鐘のあと、『総序』拝読

寒い夜でした。

10時、総代さん方が、焚き火の準備。
11時半、除夜会。正信偈。おまいり少なかったです。
11時55分ごろから除夜の鐘、そして新年、初鐘へ。
鐘楼の上で、新年のご挨拶。
境内では、ぜんざいのお接待。
1時頃、140ほど撞き終わりました。
続いて、本堂で、『総除』拝読。
後片付け。


昨年より、少し多い方々が鐘を撞いてくださいました。
例年のように「鐘楼の前に並ぶ」ということがなく、0時から1時にかけて、絶え間なく人が続きました。

人が溢れるという感じがなかったので、今年は参拝者が少なかったように感じましたが、実際のカウントは例年よりすこし多くなっていました。

お宮さんの新年互礼会の様子を知りませんが、たぶん、同じ風に、ほとけさまに手を合わせ、鐘をつきながら旧年のお礼と新年の挨拶ができるという慣いはいいものですね。

旧年中、たいへんおせわになりありがとうございました。





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by e.wash-r | 2018-12-31 23:59 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
妙徳寺ご住職の通夜・葬儀 -ざっくばらんに-
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12/26/27

急逝された妙徳寺ご住職の通夜・葬儀におまいり。

妙徳寺ご住職は、美濃四十八座のお仲間。全19カ寺のなかで最高齢のご院さんでした。

お聴聞のときは、いつもお同行といっしょ、いつも平服に門徒式章。

衒いなく、そういうスタイルでした。

「そうだよね。」という感じで、今、美濃四十八座では、ほとんどのご院さんが、法務の続きでないときは、平服に式章をしてお聴聞しています。


若院さんが、葬儀のあとの挨拶の中で、「住職は、前住職から、『ざっくばらんにやりなさい。』と夢で言われた。」と言っていた。」というエピソードを述べられました。「ざっくばらん」とは、「素直に心情を表すさま。気取らないさま。」をいうことばだそうです。

平服・式章で、ざっくばらんにお聴聞していらっしゃったご院さんの姿が浮かびます。


ちょっとさみしいですが、ボクたちは、娑婆の縁が続く限り、もうしばらくお座を立てること、そしてお聴聞続けようと思います。

ありがとうございました。





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by e.wash-r | 2018-12-27 23:40 | おまいりにて | Comments(0)
たとへば日光の雲霧に覆はるれども
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そのような表現が適しているかどうかは別にして、正信偈三昧の日々。

毎回、正信偈をとなえはじめるときに、「今回こそは、ちゃんと意味を意識して読もう。」と思うのですが、知らない間にたぶん何か他事を考えていて、ふっと我に返って、今回もいつの間にか意識が飛んでしまった、と気づくことの繰り返し。

正信偈120句、最期まで意識して読み切ったことはないと思います。


人間は15分くらいは集中できる、というのが通説のようですが、ボクの場合、正信偈を読んでいての感じでは、せいぜい1分くらいのような気がします。

かと言って、ほかごとに集中しているわけでもないので、気が散りまくっているということみたいです。


例えば、テレマークのことばかり考えているとか、素敵な女性のことばかり考えているとか、たぶんそういうことは、ありそうなんですが現実にはありえなくて、あのこともこのことも、あっちへ行ったりこっちへ来たりと、ボクの意識は、そういう所在のないものなんだと思います。

 たとへば日光の雲霧に覆はるれども
 雲霧の下あきらかにして闇なきがごとし


日光を覆う雲霧の話をついついしてしまいますが、それは当たり前の話。
おみのりは、日光の話。


明日も乱れごころの正信偈三昧。

なんまんだぶ。


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by e.wash-r | 2018-12-25 23:28 | おまいりにて | Comments(0)
例年通り
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例年通り、余裕のない年の瀬。


ここに来ても、なお、全てが遅れ気味。

坊守は、着々と準備をしているようですが。

ここまで来ると、努力では無理なので、手を抜くしかなさそうです。



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by e.wash-r | 2018-12-24 23:00 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
お精進
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『お赤飯』
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「ありがたくいただきます。」
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隣町まで買いに行かれた『丸揚げ』
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薬味の効いた『なます』
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お寺のお斎にはない『白和え』
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『煮物』 それぞれの味 きれいです



K家お取り越し。

おまいりのあと、「お精進」のお斎をいただきました。

報恩講のお手間入りです。

夜中、ゆっくりさせていただきました。

ボクがしゃべったことは、ほとけさまの話より愚痴のほうが多かったかも。

なんまんだぶ。




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by e.wash-r | 2018-12-17 23:56 | おまいりにて | Comments(0)
路上の思索
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町のあるガレージでみかけた『ワンちゃん、猫ちゃんの飼い主の方へ』というの貼り紙。

論理的に言えば、「ワンちゃん」ならば「ニャンちゃん」、「猫ちゃん」なら「犬ちゃん」という関係が妥当かと思うわけですが、特に違和感は感じません。


この張り紙を見て、ふっと、いわゆる本尊論について、思ったわけであります。

本尊論というのは、「名号(南無阿弥陀仏という声の字)」と「絵像(阿弥陀さまの絵)」と「木像(阿弥陀さまの木像)」、どれがいいか?みたいなこと。(かな?)


『ワンちゃん、猫ちゃんの飼い主の方へ』で、意味がわかっちゃったボクとしては、要するに、「ワンちゃん」でも「犬ちゃん」でも「ニャンちゃん」「猫ちゃん」でも、まあどれでもいいということになるわけで。

少し付け加えるなら、犬がワンと鳴く、猫がニャンと鳴くと知っていればこそではありますが。


ただ、「ワンちゃん」と「ワンコちゃん」、「ニャンちゃん」と「ニャンコちゃん」の違いを問われると、それは???なのであります。


悪ノリして、ゴメンナサイ。



・・・ところでみなさーん、16日は岐阜別院の朝粥の日ですよ~。






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by e.wash-r | 2018-12-15 23:29 | 愚考 | Comments(0)