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『頭北面西コンパス』

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2月15日、涅槃会。お釈迦様が涅槃に入られた日。

インフルエンザで謹慎中なので、隔離された部屋で、念願の工作をしました。

『頭北面西コンパス』です。

道に迷ったら、お釈迦さまのお顔の向いていらっしゃるほうが西方です。


【製作費】
百均のコンパス 100円
涅槃図印刷費  約10円
画鋲1個    約1円

【製作時間】
約15分
ただし、撮影・UP等に約30分


動画はこちら↓



回して申し訳ありません。


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by e.wash-r | 2018-02-16 00:00 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
手を合わせて「いただきます。」
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Tくんが、「いつもお世話になっております。」というセリフとともに届けてくれたチョコレート。

インフルエンザが伝染るといけないので、「近寄らないで。」と言いつつ、有り難くいただきました。

開けてみると、つぶつぶのチョコレートの中に、ほとけさまのお顔。

食べていいんだろうか?と悩みますが、手を合わせ、ありがたくいただくのです、とのご教化と拝受。

ありがとうございます。手を合わせて「いただきます。」。


お返しは、御恩報謝のお念仏というわけにはいかんだろうなあああ。



ところで、外で食事をするとき、いつも気にして周りを観察しているのですが、手を合わせて「いただきます。」というひと、思っている以上に少ないですね。手を合わせて「いただきます。」と言っている女の子とかを見ると、それだけでうれしくなってしまうんですが。




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by e.wash-r | 2018-02-15 00:10 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
うれしかったこと3 ー『醒睡笑』ー
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過日、長男が「何か読む本ない?」と言って、本棚から『醒睡笑』と『補陀落渡海記』を持っていきました。

数日して、「全部読んでないけど、わしはこの話がいいと思う。」と言って、栞をはさんだ『醒睡笑』を持ってきました。

『醒睡笑』は、江戸初期、安楽庵策伝が編纂した笑話集。登場人物は、うつけ、堕落僧、文字知り顔等の多様な庶民。のちの落語等に大きな影響を与えたと言われています。

栞をはさんだところを読みました。


こざかしい男とうつけものが、京へ旅します。

宿の風呂で、こざかしい男は、うつけものをからかって、こづきます。

「これは京の風呂の慣い、腹を立てるのは田舎者。気にするな。」と。

うつけものは、ならばと後から入ってきた老人をこづきます。

老人は「愚かもの。」と大声で怒ります。

うつけものは、その声を聞いて「田舎者だ。初心者だな。」と言いました。


だいたいこんな話です。そして、最後、以下の歌で結ばれています。


風呂たきの我身はすゝになりはてゝ
人の垢をば落とすものかは


最後の一句で、やっぱり阿弥陀さんの他力の世界が現出します。


煩悩障眼雖不見  まどいの眼には 見えねども
大悲無倦常照我  ほとけはつねに 照らします

前後しますが、

極重悪人唯称仏  罪の人々 み名をよべ
我亦在彼摂取中  われもひかりのうちにあり

ですね。






by e.wash-r | 2018-02-09 23:48 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
村の講へ
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G地区の追悼法要へ。

正信偈唱和のあと、わたしたちに何も要求されないお慈悲をお取り次ぎ。

おじいちゃん・おばあちゃんから、こども連れの若い親さんまで50名超。村の集会場いっぱい。

地域の仏事として大切につとめてこられた雰囲気が伝わってきます。


それでも、役員の方々からは、不安の声も。時代の趨勢は凄まじいようです。

面倒なことは避けていきたい、という風潮。強制力を持つ行事・役割・つきあいが、無制限に増えた反動のような気もします。

そもそも取捨選択すればいいことなんですが。


翻って、選ばれる法要法座をつとめることは、ボクたちの重責。

ボクは不器用なので、真っ向勝負をしていくつもり。

と、とりあえず言ってみます。




by e.wash-r | 2018-01-28 23:59 | おまいりにて | Comments(0)
日野誕生院
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日野誕生院へおまいりしました。(こどもの頃の記憶が残っていないので、意識の上でははじめて)

滋賀県日野町の近くに用があったので、せっかくならとおまいりを予定しました。ただ、日野誕生院の日野は、京都市伏見区。滋賀県日野町で検索して気づいた次第。半世紀勘違いしていました。

その気だったので、滋賀県日野町から信楽経由、山超えで誕生院へ。

本願寺や大谷本廟とは趣の違う端正なお荘厳を、ちょうど低い西日が照らしている時でした。

今まで、日野菜の漬物を食べるたびに、日野誕生院を連想していました。日野菜は日野町の方の名産。いろいろありますが、いづれにしても、日野菜が好きということにかわりはないわけで・・・。




by e.wash-r | 2018-01-19 11:45 | おまいりにて | Comments(0)
夜の本願寺  1月15日 御正忌報恩講7日目
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例年、同級生寝不足トリオでおまいりしているご正忌報恩講。今年は、日程が合わず、それぞれ単独で。

ボクは、15日おあさじから通夜布教まで、本願寺の長い1日を楽しみました。


ところで、本願寺の閉門時間は、通年5時なので、基本的に夜のおまいりはできません。

2016年と2017年、伝灯奉告法要の協賛行事「西本願寺花灯明」で、夜の本願寺境内と飛雲閣が公開されたのは特別なことでした。ただ、このときも、夜の阿弥陀堂、御影堂堂内のおまいりはできませんでした。

ボクの知る限りですが、唯一、夜の阿弥陀堂、御影堂のおまいりができるのが、報恩講中、1月15日の夜。御影堂での報恩講初夜、日没のおつとめとです。

午後6時から、初夜の正信偈、ありがたい「改批判悔」、本願寺を支えた「ご当人」調声の日没の正信偈、そして、仕上げは高速日没正信偈。充実の1時間です。

聞法会館に移動して、7時からの通夜布教の正信偈と合わせると「改悔批判」を前後して、約1時間半の間に正信偈4回。

雰囲気も合わせて、夜の本願寺のありがたいご縁。おすすめします。

ボクにとって、ご正忌参拝は、報恩謝徳の志をはこぶという名目の、ちょっと緊張して、ほっとひと息の京都ご本山の一日。それでいいのかわるいのか、とにかく、やっぱり阿弥陀さんの一日です。




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by e.wash-r | 2018-01-15 23:59 | おまいりにて | Comments(0)
「カイ」作り
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報恩講の阿弥陀さまのお華の「カイ」。

いつか、誰かが引き継いでくださるまでと、今は、坊守が毎日コツコツ作っています。

お華立ては、どちらかというと、熟練とセンスの必要な仕事という印象があります。事実、当寺では、名人と呼ばれるような方が、長年立派なお華を立ててくださっていました。

今、名人の方々はいらっしゃいません。ならば、名人でなくても、少し手間をかければ、誰にでもできるようなシステムを作るという方法もあるのではないか?と、そういう方向で現在模索中。

お磨きやお華束作りと同じように、いい雰囲気でお華立てのお手間入りができるようになることを、ぼんやりと遠くに見ています。









by e.wash-r | 2017-12-24 23:00 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
お精進のお斎
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“若さんとふたりで”というお取り越しのご案内をいただきました。今年度限定のレアケースです。

若院の調声で正信偈五十六億和讃のおつとめ。
若院のお取り次ぎのお聴聞。

おまいりのあとは、お精進のお斎。報恩講らしいお赤飯や丸あげ等々。毎年の決まりごとのお手間入りです。

懐かしい話をしながら、美味しくいただきました。


今年の日曜日は、あと一日になりました。

















by e.wash-r | 2017-12-17 23:44 | おまいりにて | Comments(0)
「法物」の箱
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T家のお取り越し。”お仏壇の掃除をしたらでてきた”という桐箱。

たぶん「何十年も前」にお迎えされた、お脇掛けの親鸞さまと蓮如さまのお軸の箱です。

”ご院さん、なんとかしてほしい・・・”ということで、Tさんから預かってきました。

たまたま、お寺にあった「今の箱」と並べてみました。

時代を感じます。

「何十年も前の箱」と書きましたが、いつごろのものかはわかりません。「今の箱」とも書きましたが、同じく、いつからこの形になったのかもわかりません。本願寺には、記録があると思いますが・・・。

と言うのは、親鸞聖人の750回大遠忌法要のとき、50年前の700回大遠忌法要のポスターの写真を当blogに載せたら、本願寺からそのポスターについて問い合わせがあったことがあるからです。

資料を残し再利用するというのは、意外と難しいいことなのかもしれません。

歴史というものが、断片的に残った特別な事象・しかも多分に恣意的に語り継がれたものであることが多いように、また、あたりまえの市井の日暮しを辿るのが難しいように、淡々と続く普通の日常は、情報として残りにくい一面があるような気がします。膨大なアナログデータとして保存されていたとしても、それを検索する有効な手段がない、という側面もあるでしょうし。


そのような状況ですので、詳しくは調べませんが、箱の写真だけUPしておきます。


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by e.wash-r | 2017-12-08 23:08 | おまいりにて | Comments(0)
宝くじ
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流れてきたことば。なるほどとうなづきました。




"1億円」の宝くじが当たったら、「何のためにオレは1億円持っているのか」じゃなくて「1億円をどう使うか」考える。"




1億円の当たりくじは、1億円の使い方を指示したりしない。もう当たってしまった1億円の使い方を決めるのは私である。煩悩まみれの私が使うのである。


こんな単純なハナシが通じない人がときどきいる・・・


何を言っているかわからない人は、ぜひお寺へ来てください。










by e.wash-r | 2017-11-30 00:34 | 智慧と慈悲 | Comments(2)