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岐阜別院、16日のおあさじへ
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8/16分

15日の盂蘭盆会をおつとめしたら、勝手に、ちょっとのんびりするつもりでいました。

16日の別院のおあさじに、おまいりしないつもりでいましたが、結局、朝粥につられておまいり。厳かな晨朝礼賛のおつとめにあい、約仏の有り難いご法話をお聴聞。

ボクは、盂蘭盆会をつとめたあとの、ホッとしてのおまいりでしたが、いつもおまいりのS寺Sご住職と若さんは、これから今日明日と自坊の盂蘭盆会というなかでのおまいり。おつとめのあと、急いで自坊へ帰っていかれました。頭が下がります。


別院は、いわゆるお盆のお荘厳。余間には歴代ご門主の御影が奉懸され、そうめんがお供えされていました。例年、8/10~16は、このようなお荘厳なのだそうです。来年は、是非、8/10~16の間にも御参りを。


もうひとつ、どうしても今回のおまいりをして、言わずにはいられないこと。

三重よりお越しのO師のご法話がありがたかったです。

「あみださまがごいっしょ」と「あみださまといっしょ」というふたつの言い方の違いから、あみださまとわたしの関係において、「すべてはあみださまのおはたらきである」「主語・主体は、かならずあみださまである」というお話。

最近、一部とはいえ、法話のなかで『「わたし」を述べる』ことを旨とし是とする風潮があるように感じていたボクとしては、ほんとうに心地よいお話でした。

世事・余言は、私ごとばかりですが、ご法話は、”やっぱり阿弥陀さん”、ほとけさまのおはなしですよね。


よろこびと、ちょっと怒りを込めて、あえて記す。


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by e.wash-r | 2018-08-16 22:39 | おまいりにて | Comments(0)
雨の盂蘭盆会
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今年は雨の盂蘭盆会。土砂降りの雨でした。

「安居の比丘に施した」(安居は雨季)という盂蘭盆経の内容からすると、雨も風情なのかもしれません。


家族連れがおおいこともあり、椅子席はほぼ埋まりました。短いおつとめと、短い法話のあと、冷たいお茶をいただきながら、歓談。ダラダラと話が続くのが、お盆らしくていい感じです。

雨ということで、今年はかき氷はなし。なんとなくさみしいですが、楽でした。


基本的にお盆まいりのない土地柄なので、お盆といっても、それほど普段と変わることはないのですが、今年に限って言うと、暑さと重なった法要仏事等々で、疲れ溜まってます。

いまのところ、おまいりできそうになかった別院の一六日のおあさじ、おまいりできそうです。

by e.wash-r | 2018-08-15 23:38 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
お墓まいり
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8/14、早朝、お墓まいり。

母と坊守とボクだけ。こどもたちの帰省はなし。

暑いので、ちょっと横着して、足袋を履かずに裏山へ。今年は、暑いので蚊はいないと思っていましたが、いました。

足袋を履いていない足を、随分刺されました。


おい刺すな オレは手をすり 足をする



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by e.wash-r | 2018-08-14 23:50 | おまいりにて | Comments(0)
センチメンタル・ジャーニー  -まるで、お盆のような・・・-
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お母さんの初盆に、お母さんのお骨といっしょに、お母さんの郷里・岐阜を巡っておられるEさん。

市内のホテルに滞在され、昨夜はお母さんのお骨を抱いて鵜飼船に乗られたそうです。今日は、googleくんの指示に従って、岐阜駅から大垣を経由して本巣駅、そこからタクシーで当寺へおまいりくださいました。

Eさんのお母さんは、当寺ご門徒の家から東京に嫁がれ、この春、ご往生されました。Eさんは、お母さんの里の寺に、お母さんといっしょにおまいりしたかったのだそうです。

悲しみのなか、何もわからないまま、葬儀社さんのお世話でご葬儀をつとめられ、不安のなかで、当寺を訪ねてくださったご様子。本堂でおまいりをしたあと、ゆっくりお話を伺いました。

ボクの知らない、都会の宗教事情を垣間見たような気がしました。Eさんが、この田舎の、ただのお寺を、とりあえずくつろいでくださったのなら、ボクとしてはうれしいのですが。

「おつとめのなかの、『なもあみだぶつ』がなつかしかった。」
「おじいちゃんやおばあちゃんがいる京都の本願寺(大谷本廟)に分骨したい。」

そう話されるEさん。お仏壇のあるお母さんのお里で過ごされたこどものころの思い出が、Eさんを当寺にまで連れてきてくださったんだろうなあと思いました。


坊守が、岐阜駅までEさんをお送りしました。

帰ってきた坊守の話。

”「東京のお寺さんに厳しいことを言われていたので、田舎のご住職はもっと厳しいいだろう、と思って」、Eさんは、覚悟してウチにいらっしゃったみたい。「でも、想像していた住職さんと全然違っていて、安心しました。お寺はいいですね。」って、おっしゃってたよ。だから、『それは、そういうおみのりだからです。住職は、いい加減です。』って話しておきました。”

”坊守は、ご法義はまちがっていないが、一方向にやさしくない。”というのがボクの感想。


夏の寺の、まるでお盆のような、Eさんのおまいりでした。

お盆は、いいね!





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by e.wash-r | 2018-08-12 23:39 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
岐阜別院 黎明講座
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夏の朝、8月1日から4日は、恒例の岐阜別院黎明講座。

例年、自坊のお泊り会、地元のお経教室が重なるので、あまりお聴聞できません。今年は、唯一、4日目の小林顯英先生のお取次ぎをお聴聞することができました。

誓われ願われる仏、迎えてくださる浄土のお話し。「巣」を例に、安心の場所のたとえ。


帰り道、あらためて巣とか家庭とか家とかのことを考えました。

巣とか家庭とか家には、ボクからすると2つの意味合いがあると思いました。

①帰るべき場所:例えば、親として、子の待つところへ、というようなとき 
②帰っていける場所:例えば、子として、親の待つところへ、というようなとき

①は、お浄土の例えにはなりません。私の行いを規定していくものです。
②が、おおよそお浄土のたとえ。安心があります。

つとめる親心の側ではなく、親心をうける側の話。親心をよろこぶ話。


朝から、そんなのとを思いながら走りました。暑いのに。








by e.wash-r | 2018-08-04 18:03 | お聴聞 | Comments(0)
伝道院生の布教実習法座

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本願寺伝道院生の布教実習法座。

花岡静人先生が引率講師。3人の実習生の方々が、一泊二日で、岐阜のお寺のお座でお話しをしてくださいました。7月26日の午後のお座は、専宗寺さん。

実習生・K師、Y師の、それぞれ15分の緊張感のあるお説教。続いて、実習生を見守るような30分の指導講師・花岡静人師のお説教。

専宗寺ご門徒をはじめ、美濃四十八座でよくごいっしょさせていただくお同行、法友、そして専宗寺新発意がいい味を出してお聴聞です。

ありきたりな表現ですが、あたたかい雰囲気のお座でした。お聴聞の大好きなK氏の「初陣は緊張するんだろうなぁ..大丈夫、聞きに行く達人さんたちは、孫を見る目だから...」のコメントの通りのお座でした。伝道院の卒業生として、お座を立てられ、後輩を応援されるご住職の思いも、よく似たものだったかもしれません。

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8月は帰省できないからと、7/27の「こどもの日」に合わせて、長女が帰ってきました。貴重な夏休みの一日。いまのところ、「こどもの日」のお手伝いをすると言っています。こどものままなのか、おとなになったのか、判断に迷うところです。

お昼、長女を駅までの迎え。ついでに、少年連盟サマースクールで使うアウトドアチェア30脚と手動のかき氷機を別院に届けました。かき氷機は、困ったときはいつも助けてもらうSさんにしっかり砥いでもらいました。

搬入等、思ったより手間取り、時間がなくなって、作業着のまま、お念珠も持たず専宗寺さんへ。内緒で、ご院さんにお念珠をお借りしました。

お聴聞のあと、夏休みのこども行事の保険の手続きをしに、代理店さんのところへ。ギリギリ間に合って、保険の上でも、安心してこども行事を迎えられそうです。

夕刻、激しい雷雨。予定が後ろへづれ込み、遅くなったので、そのまま黒野組広報の会議を欠席しました。雨のせいか、気温が少し下がった感じです。




by e.wash-r | 2018-07-26 22:49 | お聴聞 | Comments(0)
2018美濃四十八座正蓮寺黄鐘会夏座 阿部信幾先生 アルバム

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阿部信幾先生 19日にカイラス巡礼から帰られたばかり
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おかげさまで満堂になりました
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建具を外し開けっ放しの本堂
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新緑の中 縁でお聴聞
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休憩時間 坊守曰く「夏のお泊まり会みたい」
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庫裏 サテライト会場 映像・音声の調製お世話様でした
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正尊寺美濃四十八座号
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帰途に
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夜座
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夜は冷え込みました








by e.wash-r | 2018-06-21 23:54 | お聴聞 | Comments(0)
2018美濃四十八座 正尊寺真宗講座 渓宏道師
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正尊寺真宗講座、昼座・夜座のお聴聞。

法務もあるし、自坊の準備もあるしで、ズルして法話のはじまる時間ギリギリから法話が終わるまでという得意の遅刻早引きパターンの2連座。WCの日本×コロンビアの誘惑ももまけず、意地?のお聴聞。

ご講師は、山口より渓宏道先生。

妙好人、真宗風土、土徳等々を題材に、受け念仏がこぼれる有り難いお取り次ぎ。

今まで、何度も聞いてきた「親さま」ということば。ひねくれ者のボクは、たとえ話と理解しつつも、”子への親ごころは渇愛である”という理屈、こだわりそ捨てきることができずにいました。

今回、先生のお話を聞いて、はじめて、お慈悲を「親さま」と言い習わしてきたこころを、素直に有り難く受けることができたように思います。うれしい一座でした。


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なかなかはかどらない、自坊の準備。当初、6/21は雨の予報。”雨に弱い正蓮寺”としては、苦肉の雨対策。

とりあえず、南面のすだれ、正面の雨除けは完成。北面はスタンバイ。

でも、天気予報が変わってきて、晴れるみたい。確実に雨がなさそうなら、鬱陶しい雨よけのシートは外す予定。

その場合、いくらか徒労。疲れます・・・。




by e.wash-r | 2018-06-19 23:04 | お聴聞 | Comments(0)
2018美濃四十八座 善明寺真宗講座 松嶋智譲師
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善明寺真宗講座夜座のお聴聞。

できれば昼夜お聴聞したかったのですが、昼、夜とも法務が重なっており、夜座のみ遅刻しておまいり。自坊のことも大切なので、調整を繰り返しながらのお聴聞です。あるべき姿とは思っています。

お座の最後の最後、おまかせのお慈悲のお話し。浄土真宗のお説教を聞いているなあ、という懐かしい気持ちで聞いていました。夜座特有の雰囲気なのかもしれません。


ここのところ、法座に向け、熱く準備を進めてみえるご院さんを見ていたので、夜座も満堂のお同行、本堂の真ん前で率先してお聴聞してみえるお姿、ご挨拶の言葉等々に、なんとなく感じるものがありました。

どのお座も、どのご院さんもそうなのです。できることをできる限りやりつつも、不安で迎えるお座です。そういう緊張感の中で、お座を開くことができるというよろこび。かと言って、これで十分と満足できないところに、また次があるのかなあ、と思っています。(お話に満足できないということではなく、ご門徒さんにもっときて欲しいという意味です。)


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法務とお聴聞の合間に、21日の当寺真宗講座・黄鐘会夏座の準備も着々と。(実は遅々と。)

鐘楼、本堂の縁、書院の渡り廊下(以前、S師と一緒にスズメバチと死闘をした場所。)の蜂の巣に殺虫剤散布。

つくづく、命の尊厳とはなんぞや!というていたらくです。(ボクたちの側のいのちの話は怪しいということですね。)

ほとけさまのおはなしをきかせていただきましょう。

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by e.wash-r | 2018-06-18 23:32 | お聴聞 | Comments(0)
2018美濃四十八座 専宗寺真宗講座 瓜生崇師
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庫裏改築のため、3年ぶりの開催となった専宗寺真宗講座昼座のお聴聞。新しい庫裏がサテライト会場になっており、満堂で本堂に入れない30人ほどは、庫裏で映像を見ながらのお聴聞でした。

完成した庫裏が、早々にお座でのお役を担っているありよう、ありがたいことだと思いました。

瓜生先生は、カルトの専門家でもあります。昼座はご法話、夜座はカルトについてのレクチャー。

昼座は、「正信念仏偈」の「「念仏」と「正信」のお話でした。

他力の「正信」についてのお話がはじまったところで、お座のちょっとした問題に対処する必要が生じ、20分ほど中座。とっても聞きたいところだったのですが仕方ありません。


用を済ませ、戻ってきてたときのお話は、どこまでも「迷いの私」のお話。苦悩を抱え、苦悩の解決に苦しみ、迷い、迷いの先が見えず、ひたすらとまどう人の姿を、痛烈にお示しくださいました。人間とはなにか、ということを徹底的にお話くださったように思います。

我が迷いを見つめれば自ずと生ずる、救いはどこにあるのかという問い、どうすればいいのかという求道。

それは宗教の一端ではあると思うのですが、迷うものが、迷いの道を築き、迷いの行を進むことの、まさに危うさのなか、人を語れば間違う、と教えてくださっている諸先生方の戒め通り、最後は、救う側のほとけさまのお話。

やっぱり約仏のお話し(ほとけさまのお慈悲のお話し)がいいですね。



休憩時間に、瓜生先生からカルトについて少し伺いました。

人(ボク)は分別し固執する、その依存をカルトといっても過言ではないなあ、とボクは漠然と受け止めました。




by e.wash-r | 2018-06-08 23:59 | お聴聞 | Comments(0)