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アッシー
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7月12日は、義父の誕生日。実は、忘れてしまっていて、いっしょに食事をするのをご無礼し、先に約束していた長いお付き合いのキャリアウーマンおふたりと一献。

懐かしい某街のちょっとだけ懇意の某店へ。最近のボクにはほんとうに珍しいことなのですが、立場・役職を離れてプライベート。

飲みに行きました、といえば、まあ格好いいのですが、飲めないボクはお迎えの係。往時の言い方ではアッシーくん。


長年、その世界で生きてきた方のお話には、重みがありました。世間に流されない、純粋に専門的なお話し。当然、ボクにはわからない領域のことなのですが、凛としたその姿勢に、感動してしまいました。


とりあえず、せめて自坊のことにおいては、真っ向から真摯にものが言えるかけがえのない専門家になりたいと、妙に真面目に思った次第。

最近、世間に流されすぎているような気もするので・・・。









by e.wash-r | 2018-07-12 23:56 | そらごと、たはごと | Comments(0)
2018 平和の鐘
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昭和20年7月9日、岐阜空襲。

今は、毎年7月9日に平和の鐘。午前9時、岐阜市内寺院一斉に梵鐘や喚鐘を撞きます。平和を願う行事です。

全国に被害がひろまった豪雨のあとの、当地ではようやくの青空。テレビやNetで知る被災地とは、別世界の穏やかさ。

微妙な思いで、利己的な平和を実感しました。


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鐘楼の石垣 変わらず
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豪雨で折れた甘茶、散った合歓、浮かんだ柄杓
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境内に転がり込んだ青いボール
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玄関の奥、裏山の崖に咲いたヒオウギ



最近流れてきたことば。

“覚悟というのは気合いではなく、毎日毎日階段を上っていくという作業でしかない。”

平和の希求というのは、日常にしかないということのような気がします。


いちばん身近なところから、ということなんでしょうね。

人によっては辛い、
人によってはもどかしい、
人によっては気にもとめない、
普通の日暮しを続けることからはじまるものなのだと思います。



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by e.wash-r | 2018-07-09 22:29 | ふるさと | Comments(0)
奇跡の授業

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6/28、 ”サムライブルーは侍か?”という意見まで飛び出したWC・ポーランド✕日本戦。ボクにも思いはありますが、とりあえず沈黙。

試合前、なんとなく見た『軌跡の授業 -サーフィン-』という番組。面白かったです。

2009-03-05の『覚醒 -細板革靴テレマーク-』というlogで、「サーフィンのようなテレマーク」について記しました。

今回『軌跡の授業 -サーフィン-』で示されたターンの論理。サーフボードのサイドカーブについての説明はよくわかりませんでしたが、身体の向きとターンについての体感のようなことは、頭では理解できたような気がします。

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サーフィンとテレマーク。ターンの論理は似ているのかもしれません。雪が待ち遠しい気分です。


番組は、”サーフィンは論理的なもの”、”上達を阻害するのは悪いクセである”という視点からの指導と練習を映していました。深く印象に残ったことです。

立川談志の「型ができてない者が芝居をすると型なしになる。メチャクチャだ。型がしっかりした奴が オリジナリティを押し出せば形破りになれる。」ということばを思い起こします。
   
「我」が真理を阻害するということ。分別は迷いそのものですね。

翻って、自身のテレマークターン。

テールが流れること、恐怖、前足のブレーキング、深すぎる(長すぎる)アンギュレーション等々、自分のクセには気づいているつもりですが、まったく脱却できないという現実。そして、もっと厄介なのは、気づいてさえいないことがたくさんあるということ。

雪が待ち遠しいと言うか、指導を受けたい気分です。


一方、ボクにとって、スポーツは遊びであり、その楽しさは感覚的なものでもあります。

快感であり、心地よさであり、酔いであり、めまい、疾走感。

そういうものを感じられないとしたら、それは、スポーツじゃない何かのような気がします。


支離滅裂になりました。





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by e.wash-r | 2018-06-28 23:08 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
ほやほやのほや
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夜9時半、T家で話し込んで空腹で帰宅すると、台所で坊守がホヤの解体に悪戦苦闘中。

おまいり中に、S氏がホヤを持ってきてくれたそうです。40年来の遊び友だちのS氏は、ボクを山と海に引き込んだ先輩のひとり。そのS氏の海の友人で、何度も噂には聞いていた宮城のKさんから送られてきた女川のホヤなのだそうです。

女川に似た地理のスペイン・ガルシア地方との交流をもとに、震災からの復興に奔走するKさん。そのKさんから、何ひとつ復興支援をしていないボクのところに、甦った女川の海の恵み。

とりあえずボクにできるのは、美味しくホヤをいただくこと。


なんとなく、「新婚ホヤホヤ」「できたてホヤホヤ」のホヤホヤってどういうこと?と思って調べてみました。「湯気」のことらしいです。海のホヤとは関係ないみたいです。


女川のホヤ、美味しくいただきました。ありがとうございました。




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by e.wash-r | 2018-06-25 23:31 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
水防演習
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水防団三年目にしてはじめて、岐阜市水防演習に参加。無理して参加しても”お寺ヒマなの?”としかならないところが辛いところ。

雨の予想が一転快晴。分刻みに組まれたスケジュール通り、炎天下の長良川右岸の4時間は、さすがに堪えました。

雑感箇条書き。

・兵士の気持ちを想像し、アタリマエのこととして災害起きてほしくないなあと思いました。
・各分団による十数種類に及ぶ工法の完成した美しい形を見て、水防という文化だと思いました。
・消防団時代の先輩後輩との同窓会のような感じ。
・河川調査をした大学時代の同研究室のEくん・Kくんと再会。やっぱりフィールドワーカー。
・日焼けした唇が痛い。


毎回真摯に役を果たしている方々に、頭が下がります。いつも早退・欠席でほんとうに申し訳ないと思いました。

夜、同じく水防演習に参加していたYちゃん家のおじょうはん。Yちゃん曰く「この疲れ、明日まで残るよね。」。
同感というか実感。



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by e.wash-r | 2018-06-24 23:42 | ふるさと | Comments(2)
2018美濃四十八座 専宗寺真宗講座 瓜生崇師
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庫裏改築のため、3年ぶりの開催となった専宗寺真宗講座昼座のお聴聞。新しい庫裏がサテライト会場になっており、満堂で本堂に入れない30人ほどは、庫裏で映像を見ながらのお聴聞でした。

完成した庫裏が、早々にお座でのお役を担っているありよう、ありがたいことだと思いました。

瓜生先生は、カルトの専門家でもあります。昼座はご法話、夜座はカルトについてのレクチャー。

昼座は、「正信念仏偈」の「「念仏」と「正信」のお話でした。

他力の「正信」についてのお話がはじまったところで、お座のちょっとした問題に対処する必要が生じ、20分ほど中座。とっても聞きたいところだったのですが仕方ありません。


用を済ませ、戻ってきてたときのお話は、どこまでも「迷いの私」のお話。苦悩を抱え、苦悩の解決に苦しみ、迷い、迷いの先が見えず、ひたすらとまどう人の姿を、痛烈にお示しくださいました。人間とはなにか、ということを徹底的にお話くださったように思います。

我が迷いを見つめれば自ずと生ずる、救いはどこにあるのかという問い、どうすればいいのかという求道。

それは宗教の一端ではあると思うのですが、迷うものが、迷いの道を築き、迷いの行を進むことの、まさに危うさのなか、人を語れば間違う、と教えてくださっている諸先生方の戒め通り、最後は、救う側のほとけさまのお話。

やっぱり約仏のお話し(ほとけさまのお慈悲のお話し)がいいですね。



休憩時間に、瓜生先生からカルトについて少し伺いました。

人(ボク)は分別し固執する、その依存をカルトといっても過言ではないなあ、とボクは漠然と受け止めました。




by e.wash-r | 2018-06-08 23:59 | お聴聞 | Comments(0)
水防団の訓練
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6月は4週続けて、日曜日は水防団の訓練・演習。ボクは、平日に休めることもあるからいいけど。水防団のみなさん、ほんとうにご苦労さまです。

ボクも水防団の一員なのですが、日曜日は法務が集中していて、なかなか参加できません。その分、他の団員の方々に負担がかかるのは自明。せめてもと、9時ごろまでは、なんとか顔だけ出すようにしていますが、役に立つわけではなく・・・。

今回も、土のう作りの訓練が終わって、蛇籠工法という水勢を弱める作業の練習の準備まで参加。こっそり抜け出し、法務に向かいました。


練習前、同級生や先輩後輩と雑談。

「みんな、おっさんになったねえ。」
「****くん、この頃調子悪いらしいいけど・・・。」等々。

何より話題は、”ボクたち、水防団やめられるんやろうか?交代する若い子いるかなあ?20年後、方県はどうなっとるんやろ?”というような、なんとも元気のない終末論。

消防団も市の特別点検ということで、6月3日、日曜の晴天の朝、当地の若者(といっても60才以下の成人男性ですが)は、ほとんど全員、消防団か水防団で汗を流しているという風情です。


慣れてしまえば、田舎はいいね!、と強がるのみ・・・。




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by e.wash-r | 2018-06-03 23:10 | ふるさと | Comments(0)
『サカナニムチュウ』
”窯焼きの道楽親父”こと、塚本六美師(「師」は師匠の「師」と釣り師の「師」)の作品展を見に郡上八幡へ。

呉須で染付された焼きものはもとより、写真、絵、反物等々。

アユ、谷のアマゴ、そして里の川のドジョウウやカマツカ・・・

少年の『サカナニムチュウ』さ加減が伝わってきます。

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写真 少年 オイカワ サカナニムチュウ
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どじょう
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やっぱりクワガタも
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アマゴ Tシャツになりました
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水墨画のアマゴ
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浴衣生地
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染付の皿と墨の絵
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里の川の魚
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新聞社の取材中でした
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郡上楽藝館

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オマケ 
伊自良川で魚とりをするこどもたち 一番大きいのが塚本少年
2017/08/22





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『サカナニムチュウ』
RokumiTsukamoto作品展

2018。5/29~7/29(月曜休館) 
10:00-16:00

郡上八幡楽藝館
郡上市八幡町島谷789-1
0575-66-1011

入場料 大人/210 小人/100



ぜひ、夏の郡上八幡へ。


by e.wash-r | 2018-05-30 12:17 | 溺レル | Comments(0)
2018美濃四十八座 超宗寺真宗講座 加藤信行師
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超宗寺真宗講座昼座のお聴聞。5/28、山陰旅行でお休みをいただいた影響で、法務がちょっときつめ。2時半から4時半までの余裕なしのお聴聞となりました。

ご講師は、鹿児島より加藤信行師。

合掌(のお念仏)からはじまって、称名、受け念仏の催促まで、先生の笑いのペースのなかで、私たちの側の手柄ではないお念仏のお話。

清淨の身のお念仏、精進のお念仏ではなく、ぼーっと称える乱れ心のお念仏。一貫して他力のお念仏のお話でした。ありがたくお聴聞。


蒸し暑い日でしたが、本堂は満堂。サテライト会場になっている庫裏にもたくさんの方々。


ボクは、椅子席が空いていなかったので、本堂北の最前列で畳に座ってお聴聞。途中、椅子席の女性が、突然腰掛けるのをやめて、ボクのすぐ斜め横に正座しました。超至近距離。完全にボクの心理的パーソナルスペース内です。

相手が女性なだけに、ボクはジリジリと後ろへ下がりました。ギリギリ、パーソナルスペースを確保するためには、どうしても正座している足の甲が、畳を外れて敷居の上になります。

約30分、パーソナルスペースの確保と足の激痛と戦いながらのお聴聞。ボクのパーソナルスペースに侵入してきた女性の受け念仏を聞きながら、決して心地よくなかったのですが、そういうものですよね。なんまんだぶ。



by e.wash-r | 2018-05-29 23:03 | お聴聞 | Comments(0)
紫衣と日本刀 -『夢みとんさるやね』-
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母方の曽祖父は、浄土宗の僧侶でした。志願して日露戦争に行き、いわゆる二百三高地の戦いで頭部に銃弾を受け、生死をさまよった後、奇跡的に帰還した軍人でもありました。

その、複雑な生涯は、大前風著『夢みとんさるやね ー紫衣と日本刀ー』という物語にもなっています。(この物語に関連し、戦争の記録として、また人間の記録として、ボクが聞いたことで書き残しておきたい思うことがたくさんあるので、そのあたりは、いずれ折を見てlogに残そうと思っています。)

その曾祖父母のそれぞれ四十三回忌、五十回忌を、当寺にて、母が中心になってつとめることになり、曽祖父が最後に住職をつとめた立音寺の門徒さん、母のいとこ・姉妹が、当寺に参集されました。

理由を聞きませんでしたが、赤い衣で勤めてほしいという申し出。言われるままに赤い衣で無量寿経のおつとめをしました。参拝者は、みな八十歳前後。お勤めのあと、昔の盆か正月、祭りの日のような、懐かしいい語らいが延々と続きました。

ほとけさまの縁で、人が寄る。法事はいいね、と心底思う時間でした。


偶々ですが、浄土宗立音寺のご門徒さん以外は、全員、臨済宗、曹洞宗の檀家さんです。そのことは、おおよそ承知していたので、お勤めのあと、他力を丁寧にお取次ぎしました。


本願寺勧学の宮地廓慧和上は、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を読まれ、「蜘蛛の糸でカンダタは救われるのだろうか?」という疑問をもたれ、『蜘蛛の糸の』の続きの物語をつくられます。

先日、美濃四十八座・光圓寺真宗講座にて、安方先生から、その『蜘蛛の糸 完結編 浄土に救われたカンダタ』の物語を聞きました。有り難いお話でした。


お取り次ぎは、聞いたばかりの『蜘蛛の糸 完結編 浄土に救われたカンダタ』をそのまま。

曽祖父・釋政範師もよろこばれた阿弥陀さまのお話しです。立音寺の門徒さんは、政範師から聞いた阿弥陀さまのお話しだと頷いていらっしゃいました。おじやおばたちは、こんな話はじめて聞いた、と衝撃を受けているようでした。

こどものころ、最もボクの面倒見てくれた(B型の)おばは、すこしイジワルに「あのきかん坊のMちゃんがこんな話するようになったんやね。最後、どうやって話を納めるのかと興味津々で聞いていたわ。」と。

たぶん、すべてを引き受けるというお慈悲のお心が、意外だったのだと思います。「どうやって話を納めるのか。」、つまり「どうやっても救われない者(カンダタ、ひいては私)が、一体どうやって救われるのか?」というおばの懐疑は、おばのことばで言うなら「そう来るか。」と納まってしまったようでした。


懐かしい話もできたし、おたがい近況も話せたし、ご法義の話もできたし、ほんとうにいいご法事でした。「もう次はないね。」と弱気なことをいっているおじやおばをみて、”また集めてやろう”という気満々になっています。





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by e.wash-r | 2018-05-18 20:59 | ふるさと | Comments(0)