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4年ごとに
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究極のプレーの凄みに圧倒されて、オリンピックの映像を見ています。オリンピックはいいですね。


4年ごとに楽しみに待っていた里谷多英の滑り。

今は、待っても里谷の滑りを見ることができないので、youtubeで、暴走とも言われたバンクーバーの決勝の滑りを繰り返し見ています。

たぶん、4年後も同じことをしていると思います。

何度でも書きますが、ボクには、光って見えます。

情けないことに、熱で身体中痛くて、ダラダラしています。生意気なこと言ってゴメンなさい。




by e.wash-r | 2018-02-13 21:36 | 溺レル | Comments(0)
「おいり」をいただく
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「おいり」をいただきました。讃岐のきれいなお菓子です。

午後、きりがついたところでお茶を入れました。香りが好きなのでほうじ茶。

忙しいふりをして、雑に日々を過ごしていることを反省。少しづつでも丁寧な日暮らしをしようと、おだやかにティータイムのつもり。


2年前、長女が嫁いだとき、お世話になった方々にお返ししたのも「おいり」でした。

ほんとうにきれいなハレのお菓子だと思います。






by e.wash-r | 2018-01-22 16:20 | 溺レル | Comments(0)
2017西厳寺報恩講 ー昔話などー
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母を連れ、西厳寺報恩講におまいり。

道中、母が、自身の子供のころの話、母方の歴史等を語る。初めて聞くことも多かった。

終活ということが流行っているが、たぶん母なりの就活なのではないかと思う。

葬儀はどうして欲しいとか、遺骨はどうして欲しいとか、そんなことは残ったものが考える。それまでできなかった伝承、情報の伝達こそ、終活ではないかと思う。主観的で恣意的でいい、伝え、聞く、そういうことだと思う。


西厳寺さんの報恩講は、昔は、12月の24日から28日まで5日間。小学生の時から就職するまで、冬休みになった日からご満座まで、ほぼ毎年、ボクは西厳寺で過ごした。

「ごかいさんの・・・」という前ご住職のことばをいつも聞いていたような気がする。育ててもらったお寺だ。

おまいりの後、90歳になられる前坊守さんから昔話を聞く。昔のことを、ふっと思い出された時の笑顔がいい。

過去にとらわれることを仏教ではよしとしないが、最近はあえてこだわっている。情報は多いほうがいい、そう思う。

お取り越し報恩講はまさに講。お寺でも家庭でも、講である。人の俗なる日暮らしを離れてはない、と思うのである。



と、いろいろあって、なんとなくしんみり考えた1日。








by e.wash-r | 2017-12-12 23:27 | おまいりにて | Comments(0)
半分引越し ー造20年のベッド解体ー
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無事引越し完了!とはいかず、半分引越し。見通しが甘すぎました。

20年ほど前、秘密基地のノリで、長女と長男に2段ベッドを作りました。日曜大工にしてはいい出来だったと自負しています。

長女が下宿することになったとき、上下を分離切断。下段は岐阜に留まり、上段は京都へ行きました。

以降、紆余曲折を経て、本日、京都にて解体。電動ドリルで、ベッドはあっという間に、木片の束になりました。

諸法無我、ちょっと寂しかったかも。


冷蔵庫を運搬中、冷蔵庫と柱との間に右手の親指と人差し指を挟みました。

所行無情、確実にまだ痛い・・・









by e.wash-r | 2017-11-22 23:45 | そらごと、たはごと | Comments(0)
マサイ族
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高校生のころ、尊敬していた歴史の先生が、突然「アフリカに行ってきた。」とおっしゃいました。先生にとっては、突然ではなかったのだと思いますが。

ボクたちの卒業後、先生は学校を辞められました。ボクのなかでは、先生のアフリカの旅と辞職は、なんとなく重なっています。


何度もアフリカを訪れているKちゃん。単純に、何が彼女を惹きつけるんだろう、気になっていました。


すると、こんどはYちゃんから「マサイの村に行ってきました。」と写真が送られてきました。

鮮やかな赤と青に見えますが、橙と青なのだそうです。


何も知らないので、ついついアフリカってひとまとめで言ってしまいますが、アフリカもいろいろ。

写真はタンザニアのマサイ族だそうです。


by e.wash-r | 2017-11-03 22:56 | Photo only | Comments(0)
ゆきあそびしよう
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こどもが小さかったころ、何かにつけて3人で争っていました。

お風呂は誰が洗うだの、テレビは何を見るだの・・・。

そういうことに、おおよそ合理的な答えというものはありません。あるかもしれませんが、合理的だからといって、納得できるというものでもありません。

不条理を承知の上で、ひとりを選ぶサイコロを作りました。6面に、それぞれ2カ所、こどもたちの名前が書いてあります。手作りの陶器の粋なサイコロです。


サイコロを振る状況になったら、サイコロの目に従うのみ。

結構、それを楽しんでいる風情もありましたが、納得できない状況も多々あったと思います。


十数年ぶりに、ふっとそのサイコロが出てきました。遠く、十数年前を追想。

さきほど、blogにあげるために、写真を撮ろうと思ったのですが見あたりません。どこへ行ってしまったんだろう。


何が言いたいかというと、こどもたちは、いくらかはサイコロに育てられたということ。






                    
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by e.wash-r | 2017-10-25 23:39 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
『ひよっこ』が終わってしまいました -過去か今か-

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『ひよっこ』が終わってしまいました。

初回の田舎の風景に、なんとなく「今回は真剣に見よう。」と思い、あの時代への憧憬、郷愁も重なって、たぶん欠かさず見ました。脚本も演出も、ボクたちの世代の琴線に触れるもので、最後まで楽しく、あるときは感動して見ました。


ひとつ考えさせられたこと。

物語は、出稼ぎに出た東京で記憶を失い、行方不明になった父親をモチーフに、その家族、回りの人々が描かれます。出てくるのはすべて、明も闇もある素敵な人たち。徹底した安心感、心地よさのなかで物語はすすみました。

その中で、ボクはどうしても気になることがありました。よくあるテーゼではあると思いますが。

記憶喪失になった人を描くことで顕になる過去と今ということについてです。当たり前ですが、ボクたちは、今を生きているようで、実は過去を生きている、というようなこと。


こどもが、気を失って約20日間の記憶が消えました。10年ほど前の12月のことです。こどもは、突然の雪景色に驚いていました。前日の忘年会のこと、変えた携帯電話のパスワード、買ってもらった靴のこと、すべて記憶から消えていました。

姪っ子のお祝いに買った黄色いロディが部屋にあるのを見て、なぜロディなのか、なぜ青ではなく黄色なのかと怪訝な顔をしました。ロディの黄色を選んだのは本人です。

人の行い、そこに至る思いや好みのようなもののおぼつかなさを、まじまじと感じました。(こどもの思いや好みの否定ではありません。)


『ひよっこ』で、記憶喪失の父は、娘に発見され、故郷へ帰ります。記憶は戻りません。

そこは故郷なのだろうか?という素朴な疑問。
過去を是とし、まさに今の自分(の暮らし)を捨てるということへの懐疑。

普通、誰でも、過去の思いと今の思いは一致しません。それはそれでいいと思うのです。

そのうえで、では、どれがボクの思いなのか、と考えてみると、どれもボクの思いであるわけです。むしろ決してひとつではない様々な思いを、適宜選んでいる、選択しているというのが今のボク、ということのような気がしています。

要するに、カッコイイことを言っても、それはその場限りで適当に選んだ所詮ワガママでしかないということ。

「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、・・・」であるわけです。(歎異抄 後序)

ならば何に依るか? 歎異抄には「ただ念仏のみぞまことにておはします。」と続きます。
浄土真宗の宗教的なこたえです。

しかしながら、現実の日暮しのボクたちは、今にも過去にも執着しています。おそらく、今の好きを好き、嫌いを嫌い、美しいを美しい、楽しいを楽しいという思いと、また一方、過去のいくつもの好き、嫌い、美しい、楽しいという思いの、結局は取捨選択。

今に執着すれば、過去への無責任・不誠実が生じ、過去に執着すれば、今はどこかでフリをするという無理が生じます。結局、どっちもどっちのおぼつかなさ。

ただ、現実は、どちらかと言うと、今の思いを殺してでも、無責任・不誠実を避け、多少無理をしてでも、今の思いを抑えて無難に振る舞う、というのが世間のような気がします。みんな、積み重ねた過去の自分を裏切らないように、今の自分を隠しつつ、だましだまし装って無理しているのかもしれません。

記憶というもの、それは紛れもない過去の今なのですが、重いですね。せっかくなら、今に執着してみたいと思うのですが・・・。


話が長くなりましたが、記憶喪失で消えてしまった過去にすら縛られるという『ひよっこ』の展開の一部に、何とも言えないやるせなさを感じずにはいられないということが言いたかったのです。

たぶん、知らず知らず過去と今の自分に縛られているんですね。
たぶん、それをストレスというんだと思います。




                    

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by e.wash-r | 2017-10-01 00:06 | 溺レル | Comments(0)
赤の・・・
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ルームミラーに、凄まじい勢いで近づいてくる赤い車が写りました。その車は、あっという間にボクの後ろにぴったり着いて、右に左に煽ってきました。

朝8:30。焦っているんだろうなあとは思うのですが・・・

どうすることもできず、ルームミラーを見ると運転手は、たぶんTさん。

Tさんも、ボクと気づいたみたい。

お互い、なんとなく気まずい感じ。

赤い車は、その後、長〜い車間距離をとってついて来ました。


免許を取ったころ、女の子の赤い車には気をつけよう、という雰囲気がありました。

「赤のホンダ」の法則とも言っていました。

ホンダのシティ、シビック、プレリュードなどが、音楽とコラボして若者文化の花形だった時代です。


そのころのこと。

海陸風の観測をしていた蒲郡のみかん畑で、溝に落ちて足の怪我をしました。

一緒に観測をしていたSさんが、車で病院へ運んでくれ、そのまま家まで運んでくれました。

「赤のホンダ」、赤いプレリュードでした。

そのせいかどうか、50を超えたらプレリュードに乗りたいとずっと思っていました。

50超えましたが、現実は「醤油風味の日産」。

のんびり走ってます。


by e.wash-r | 2017-09-25 23:31 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(2)
あっという間でした 

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長男が百日間の参籠?を終え、退寮した。(写真は、10年前の得度の日)

「伝道院の布教使過程を終了しました。ありがとうございました。」と殊勝な電話。過日、誕生日のプレゼントを送って来たことといい、そういう育て方はしなかったので、何か怪しい。ウラがあるとみる・・・。

そうお礼を言いなさいという先生の指導があったとか、実は心配りを教えてくれるやさしい彼女がいるとか、小遣いがほしいとか・・・。

いずれにしても百日が終わった。


14年前、長男は「お父さんに弟子入りするぞ」という課題の夏休みを過ごした。

デジタル写真のデータによると、

7/20 夏休み初日 無患子拾い、皮むき。
8/12 盂蘭盆会のお荘厳の手伝い。
8/27 いっしょにおじょうはんのおまいり。
8/29 念珠作り、輪袈裟の染・縫い。
   完成のご褒美か、夜はE師と川で魚取り。
8/30 課題を作品にまとめる作業。

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出だしは早かったが、結局最後に追い込んだ実質4日。

伝道院の百日はこの25倍。他宗とは比較にならないが、厳しい時間だったと思う。


ここ数年、長男とご法義の話をするようになった。もう、ボクがえらそうに伝えることは、ないように思う。教えてもらうことばかり。ほとけさまのお給仕のことも、おつとめも、本願寺の歴史や風土についても。

決して、十分ということはないし、もちろん完成などするわけがない。ただ、ボクとしては、何もしなかったとは言え、なんとなく、なんとなくひとつの役目を終えることができたような気がしている。

要は、任せるというか、褒め殺して責任を押し付けるというか、丸投げして逃げる体制が整ったというか。

そうは思ってみても、実際は、若いもんは!とか言って、もう少し住職ということに固辞する、という可能性も高い。これから、まだまだいろいろあると思う。

ナンクルナイサと、今まで通りちょっと強がってやり過ごすしかないわけで。


餞です。





                    
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by e.wash-r | 2017-09-18 23:55 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(4)
『長良川の一日』 -柴田勇治さんの遺作展へー
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新村安雄さんのFB・blogで、柴田勇治さんが亡くなられたことを知りました。

新村さんと柴田さんは、共著『長良川の一日』に、「長良川-豊饒なる河川」という画文を書いていらっしゃいます。

【郡上八幡と吉田川ーミズガキ】の項は、新村さんの以下のような一節ではじまります。

”郡上八幡を流れる支流、吉田川沿いを、夏休みの頃午後1時を少し過ぎた辺りに通りかかると、ちょっとした光景に出くわす。川面がミズガキでいっぱいなのだ。八幡大橋の下流の荒瀬から、新橋下手の河原まで、オスガキも、メスガキも流れて下る。・・・” 
『長良川の一日』新村安雄著より引用

魚類研究家の君塚芳輝さんが、川で遊ぶ子供を名付けた「ミズガキ」ということばが、はじめて活字となった一節です。

この本のなかで、新村さんと柴田さんは、長良川の上流から下流までを、科学的に、そして叙情的に、文と絵で綴られました。


その柴田さんの遺作展。

飄々とした菅笠姿、ひと目で柴田さんとわかるワンボックスカー、等々の懐かしい思い出。郡上の釣りを、郡上の人たちと川の関わりを、文化と呼び、郡上と川に生きた方でした。

柴田さんのほんの一端を拝見。まだまだ柴田さんの作品等は整理の途中とのこと。落ち着いたら「柴田勇治展」が開かれることを楽しみにしたいと思います。


『遺作展』はこの18日まで。あきらめていましたが、台風の影響で、おまいり・屋外の行事の変更等があり、ポッカリ空いた昼過ぎ、思い立って郡上八幡楽藝館へ出かけたという次第。

最近、ゴミ出しにしか乗っていないS4で久しぶりのドライブ!と意気込みましたが、将軍さまの「S4は嫌!」の一言で、それは叶いませんでした。

新町通の肉屋さんで買ったコロッケを、旧役場のベンチで食べ、新橋から雨の吉田川を眺めて、郡上観光終わりの巻。






                    
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by e.wash-r | 2017-09-16 23:34 | ふるさと | Comments(0)