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桃太郎の桃のはちまき
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高校の頃、『ロッキング・オン』という雑誌に大友克洋が連載していた童話のパロディを楽しみに読んでいました。

『金の斧、銀の斧』の編は、誤って斧を池に投げ込んだ木こりの前に、頭に金と銀と鉄の斧が刺さった血まみれの女神が池から現れるというものだったように記憶しています。

その頃からずっと思っていること。

桃太郎のはちまきの下には、おじいさんが桃を割るとき、勢い余って桃太郎の額につけてしまった包丁傷が隠されているのではないかと・・・。

ネットで軽く検索してみましたが、そういう記述は、自分のblog以外に見あたりませんでした。ひょっとすると、出生の秘密の重大な証拠を、ボクは暴いてしまったのかも知れません。


その桃太郎の物語について、もうひとつ、ボクが気になっている記述があります。

tumblrで流れてきた”お婆さんに拾われなかった桃の流れ着く先が鬼ヶ島なのではないか。”という誰かのつぶやきです。

しみじみ味わってしまうわけです。


さて、11月21日の黄鐘会の挨拶で、何か気の利いたことが言えたら思っていたところに、tumblrで面白いつぶやきが流れてきました。

”天狗はピノキオが野生化したもの”

我が身を省みると、ちょっとゾッとすることばです。

ところで「天狗」って何者?と思い、お手軽にネットで調べてみました。そのなかの一説に、仏教を間違って解釈したもの、つまり増上慢のものが陥る世界を天狗道というものがありました。

「天狗になる」という慣用句が、「自惚れること」「慢心」を意味することを思うと、一説とは言え、なかなか示唆に富む話だと思います。


嘘つき(妄語)のピノキオが、野生化して増上慢の天狗になる・・・

私を語っても、あまり真実はありません。放っておくと道を外れ、うぬぼれの塊になる・・・


耳の痛いことです。


ということで、やっぱり阿弥陀さん。「ピノキオであっても、天狗になってしまったとしても、今日は、ただほとけさまのお慈悲の話を聞きましょう。」という挨拶をしました。



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by e.wash-r | 2018-11-30 23:15 | 愚考 | Comments(0)
16日のおあさじ
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16日の岐阜別院お晨朝(に遅刻)。

言い訳。

晴れ晴れとした気分で、S4で出発。
途中、燃料がないことに気づく。
マーチに乗り換えるべく引き返す。
外に放置のマーチの窓全開。
車の外も中も露でベタベタ。
最低限の視界確保し湿ったマーチで再出発。
5分遅刻。


初夜礼讃の心地よいお勤めに会い、ご輪番に台風被害へのお見舞いのお礼も言えたし、ご出仕のD寺ご住職に法事のお礼も言えたし、参拝のS師に法事のお供えのお礼も言えたし、朝粥いただき、遅刻してもいい朝でした。


脇目も振らず?奔走した充実の一週間。
滞り気味の“日常”へ。







by e.wash-r | 2018-11-16 23:42 | おまいりにて | Comments(0)
2018美濃四十八座 正尊寺真宗講座 渓宏道師
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正尊寺真宗講座、昼座・夜座のお聴聞。

法務もあるし、自坊の準備もあるしで、ズルして法話のはじまる時間ギリギリから法話が終わるまでという得意の遅刻早引きパターンの2連座。WCの日本×コロンビアの誘惑ももまけず、意地?のお聴聞。

ご講師は、山口より渓宏道先生。

妙好人、真宗風土、土徳等々を題材に、受け念仏がこぼれる有り難いお取り次ぎ。

今まで、何度も聞いてきた「親さま」ということば。ひねくれ者のボクは、たとえ話と理解しつつも、”子への親ごころは渇愛である”という理屈、こだわりそ捨てきることができずにいました。

今回、先生のお話を聞いて、はじめて、お慈悲を「親さま」と言い習わしてきたこころを、素直に有り難く受けることができたように思います。うれしい一座でした。


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なかなかはかどらない、自坊の準備。当初、6/21は雨の予報。”雨に弱い正蓮寺”としては、苦肉の雨対策。

とりあえず、南面のすだれ、正面の雨除けは完成。北面はスタンバイ。

でも、天気予報が変わってきて、晴れるみたい。確実に雨がなさそうなら、鬱陶しい雨よけのシートは外す予定。

その場合、いくらか徒労。疲れます・・・。




by e.wash-r | 2018-06-19 23:04 | お聴聞 | Comments(0)
2018 超宗寺報恩講
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超宗寺報恩講におまいり。

お日中のおまいりに続いて、幼稚園児のおまいりを見学(?)、外松太恵子先生のお話しをお聴聞しました。

満堂のおまいりでした。

外松先生は、いつもの、お念仏をよろこばれるやさしい口調。金子みすゞさんの「鯨法会」の詩をひかれ、お念仏薫る地・仙崎、青海島のお話し。

ご法話のなかで、先生は青海島の捕鯨の絵の扇子を披露されました。昨日、ボクがお取り次ぎの資料にした絵とあまりに似ていたので、お取り次ぎのあとで、先生に扇子を近くで見せていただきました。

仙崎の捕鯨船も、彩色がほどこしてありました。

仙崎の漁師さんも鯨も、お念仏のなか、お浄土を見たのでしょう。たまたま鯨にこだわりましたが、群生を荷負してこれを重担とすと注がれるお慈悲、報恩講のご縁でした。






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by e.wash-r | 2018-01-13 23:12 | おまいりにて | Comments(2)
宝くじ
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流れてきたことば。なるほどとうなづきました。




"1億円」の宝くじが当たったら、「何のためにオレは1億円持っているのか」じゃなくて「1億円をどう使うか」考える。"




1億円の当たりくじは、1億円の使い方を指示したりしない。もう当たってしまった1億円の使い方を決めるのは私である。煩悩まみれの私が使うのである。


こんな単純なハナシが通じない人がときどきいる・・・


何を言っているかわからない人は、ぜひお寺へ来てください。










by e.wash-r | 2017-11-30 00:34 | 智慧と慈悲 | Comments(2)
11月13日 黄鐘会冬座のご案内 ご講師 宮崎幸枝師
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宮崎幸枝先生をお迎えします。
境内は銀杏の黄色い葉っぱで敷きつめられています。
ほとけさまのお慈悲のお話しです。
お楽しみのお聴聞、お誘い合わせておまいりください。


美濃四十八座 
正蓮寺真宗講座
『黄鐘会 冬座』

11月13日・月
昼座 14:00〜
夜座19:30〜

ご講師  宮崎幸枝師


お待ちしております。





by e.wash-r | 2017-11-12 00:13 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
引きん(いんきん) -お墓にて-
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終日雨。終日おまいり。膝が少し痛みます。

朝、台風22号の風雨が強まる前に、N村の山の墓地でS家納骨法要。

小雨。Sさんが傘をかざしてくださるなか、納骨のおつとめ。

読経中、頭のすぐ後ろで、パタパタと煽る音とともに耳元にスーッと風。気になります。しばらくすると、こんどは、耳をはたかれました。何か、虫でもいるのかなあ、と思いながら読経。

読経を続けていると、引きんを持った左手の親指に蚊がとまりました。気になります。左手を少し振ってみましたが、離れません。悩みましたが、りん棒で叩きました。運よくか運悪くか、りん棒は外れ、蚊は飛んでいきました。でもまたすぐ、こんどは手の甲に・・・。

そんなことに気を取られているうちに、おつとめが終わりました。Sさんが「ご院さんの頭の周りの蚊が気になって・・・。ご院さんの耳にとまったので、悩みましたが叩きました。すいません。」と。

Sさんもボクも、台風を心配していたのですが、現実は、蚊一匹を気にしてゴソゴソ悩みながらのおまいりでした。

やっぱり阿弥陀さん。
なんかいい感じの納骨のおつとめでした。



【引きん(いんきん)】:携帯用の『きん』のこと 
『きん』は『磬』の「石」の部分が「金」  




                    
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by e.wash-r | 2017-10-29 23:20 | おまいりにて | Comments(0)
美濃四十八座 光圓寺真宗講座 紫藤常昭師


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光圓寺真宗講座へ。ご講師は、福岡の紫藤常昭先生。

笑いとちょっとしみじみ哀愁のなかに聞かせていただく、徹頭徹尾他力のお慈悲。不確実なわたしの生に接して離れないほとけさまのお話し。楽しく、うれしく聞かせていただきました。


「美濃四十八座のなかの東の果てまでようこそ。」とご住職。確かに最東ではありますが、当地からならおおよそ車で30分。決して遠い距離ではありません。

それどころか、境内の駐車場に「和歌山」ナンバー。高速を走って4時間半、日帰りのお聴聞の方もみえました。つくづく、やっぱり阿弥陀さん、ほとけさまのお慈悲の尊い法縁です。


法務の合間の昼座に続いて夜座、S師ご家族と当家族7人で車に乗り合わせて光圓寺さんに向かいました。私事ですが、こどもたちが小さいころから懇意にしてくださっているS師ご家族と、今、いつの間にか成人してしまったこどもたちも一緒に揃って夜座のお聴聞という気持ち悪いほど尊いご法縁。時の流れに、不思議な気分でした。


当地岐阜では、各寺各家で、お取り越し報恩講がはじまっています。
美濃四十八座も続きます。

10月31日(火)三木秀海師 超誓寺 大垣市見取町
11月10日(金)増田将之師 教徳寺 岐阜市西改田
11月13日(月)宮崎幸枝師 正蓮寺 岐阜市岩利

昼座14:00~、夜座19:30~
(超誓寺夜座は19:00から)


by e.wash-r | 2017-10-24 23:19 | お聴聞 | Comments(0)
美濃四十八座 正尊寺真宗講座 中島昭念師
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正尊寺真宗講座、昼座・夜座のお聴聞。

ご講師は、山口より、重鎮中島昭念先生。最前列では、ご住職と若さんが並んでお聴聞。

台風の通過で、心配ごとが絶えないなかの法座。台風接近で、おまいりのお断りがあり、結果的にボクはゆっくりお聴聞することができました。なにがどう作用するかよくわかりません。

ボクが最近気になっていることについて、チクリチクリと、スッキリ、そして何より有り難くお話くださいました。ボクのなかで、おだやかな、ほとけさまのお慈悲のお取り次ぎの時間がながれました。

先生のお話、ずっと本願寺の重役を務めてくださっていたTさんのそのお慈悲をよろこばれるお受け念仏、そして賛嘆衆でもあるたくさんのお同行、本堂のお荘厳。おみのりの、お座の醍醐味です。

信仰のなかの仏教の浄土真宗のお話し。同じくお聴聞していた坊守が、こういうそのままのお話しを、普通に聞けるということを、とてもよろこんでいました。つくづく、ボクも同感。生意気な言い方になりますが、安心のお説教でした。

休憩時間のおふるまいの冬瓜のコンソメスープがとても美味しかったです。







                    
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by e.wash-r | 2017-10-23 23:28 | お聴聞 | Comments(0)
来年のご法事

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T家のご法事。ほんとうは来年の10月なのですが、90を超えられたおばあちゃんの「元気なうちに」という願いから、今日、おつとめになられました。

お伺いすると、おばあちゃんの顔にひどいアザ。わけをお尋ねすると、数日前、おみがきをして、お飾りをして、やれやれと思ってお仏間を離れるときに転んで、顔と足の怪我をされたのだそうです。出血がひどく、勤め先の家人に帰ってきてもらって対処してもらうほど、だったとか。

おばあちゃんのほとけさまへのお礼のお手間入りは、結果的に周りの方々に心配をかける一大事となってしまったようです。


信仰からくる行いが、俗に言う良い結果をもたらすとは限りません。あくまで結果論、行いがどう作用し、どういう果をもたらすかは、時と場合に依るわけです。

ケガをするくらいならおみがきはしないほうが良かったのか、ケガをしてでもおみがきはするべきだったのか、答えは定まりません。


報恩行というとき、行為の目的や内容や経過や結果や成否をどう考えるのか、ということを考えました。

ボクは、どうであってもいいんじゃないかと思うわけです。お慈悲をよろこび、その時そう思った、そうした、ということがあるのみ。良し悪しも正邪もない、結果も問わない、まして、他人がとやかくいうことではない、と。

おばあちゃんは、元気なうちに法事をつとめたかった、おみがきをしたかった、おきれいなお荘厳をしたかった、ということ。おばあちゃんにとっては、生き方とか生き様というような、だいそれた世事ではないと思います。

そのお姿、有り難く、尊く拝見しました。


たぶん”そのことなり”であります。





                    

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by e.wash-r | 2017-10-22 21:49 | おまいりにて | Comments(0)